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極真道場 千葉県北支部の歴史

2006年〜2007年 「ネット社会を有効活用」

2006年から道場責任者が毎日の道場の様子を書き込むブログが開設され、先々の行事予定や休館日などをいつでも携帯から簡単に確認出来るようになった。子供達の合宿の様子や大きな大会の結果などが超速報でブログにアップされる為、日に日にアクセス数は上昇。今ではなくてはならない情報提供手段となった。

2007年道場生が登録したメールアドレスに一斉送信できるかわら版的な役割を果たす「NEWS-KKK」も世界大会を目前にして支部の団結を高める目的から使い始めた。
また、船橋の民間コミュニティーポータルサイト「みんなの船橋」に西船橋道場・津田沼道場・北習志野道場・船橋KID'S道場が掲載され、各道場の独立ホームページのように情報提供出来るようになった。

そして、柿沼師範は各種メディアにも注目され始める。

MTVから出演依頼があり、人気ダンスボーカルユニット「w-inds.」のメンバーに健康とトレーニングと食事について指導する趣旨の番組がスタジオで収録されて放送。また、Bay-FMの生放送番組に出演したり、元プロレスラー藤波辰爾氏との対談が雑誌に掲載されたりと忙しい毎日を送っている。

2007年 「オランダとの交換留学で空手の修業」

世界大会の開催にむけてアラディン2度目の来日。今度は倍の2ヶ月間の留学修業。
世界大会に出場するオランダのフィクトールを連れてトーマス師範も来日。一気に千葉北がにぎわい、世界大会へ向けて気分も高まってくる。千葉北では加圧トレーニングを使った選手稽古にも挑戦し、共にその攻撃力を高めて行った。

トーマス師範のご好意で、オランダ式の一般稽古も行っていただき、選手ではない道場生にも昔ながらの厳しい海外の稽古を堪能してもらえた。大会後、トーマス師範は一足先にオランダへ帰国されたが、フィクトールとアラディンは1月まで日本での稽古に励んだ。

2007年 「千葉県北支部から世界へ」

11月、第9回世界空手道選手権大会の日本代表選手19名の中に選ばれた、柿沼師範の直弟子、佐藤正博と阿曽健太郎を応援すべく、千葉北一丸となって横断幕や応援大幕、応援団が着用する応援Tシャツを作成するなど、一般道場生もお祭りムードで盛り上がる。

試合の結果は
優 勝 エヴェルトン・テイシェイラ選手(K-1でも活躍)
準優勝 ヤン・ソウクップ選手
第三位 アルトゥール・ホヴァニシアン選手

と、海外に上位を独占されてしまった大会だったが、阿曽は4回戦で(優勝した)テイシェイラ選手とほぼ互角といっても過言ではない好戦の末の判定敗退、佐藤は3回戦の(準優勝した)ヤン選手での敗退だったので、初選抜された日本代表選手としては次に繋がる良い試合だったと思う。

また大会翌日、柿沼支部長の今大会までの極真会館への貢献を表彰して松井館長から「極真賞」が授与された。この賞は世界で2名しか表彰されない名誉ある賞で、柿沼支部長ともう一人は南アフリカのケニー・ウーデンボガード支部長が長年の功績をたたえられ表彰されたのだ。

柿沼支部長は「このような名誉ある極真賞をいただけたのは、千葉県北支部に通う道場生や少年部のご父兄、また千葉県北支部を応援してくださっている皆さんのおかげで、この賞は私個人に与えられたものではなく、千葉県北支部の皆さんに与えられたものと思っています。」と千葉県北支部関係者に挨拶を述べた。

2008年 「オランダとフランスで強化合宿」

4月、今度は千葉県北支部の阿曽健太郎がトーマス師範のいるオランダへ1ヶ月の武者修行に出向き、オランダの強化合宿とフランスの合宿に参加させていただいた。
オランダには身体の大きいデディック選手がおり、おそらく阿曽もデディックも自分と同じくらいの体格の人と練習する機会は少なかったであろうから、これも良い稽古になったのではないかと思われる。

2008年 「K-ファイター’s」結成

選手を目指す子供達を育成する特別のクラス「K-ファイター's」を結成。道場ごとに通常の稽古とは別にK-ファイター'sの特別稽古が毎週実施されている。
K-ファイター'sに入部するには一定の基準を上回る実力がついている事がテストされ、入部を許可された者だけがこの厳しいエリートクラスに身を置くことが出来るのだ。 結成されてまだ間もないK-ファイター'sだが、各大会で続々と結果を出し始めており、この中から将来の日本代表が出る事を期待している。

2008年9月には船橋にKID'S道場を開設
幼年部・少年部を専門に指導する道場として、千葉県北支部での初めての試みだ。

また、子供達の試合の応援にも着られるカッキーマンTシャツエンブレムを発売し、柿沼支部長の「柿」の色としてゴールドイエローを支部のカラーにし、この支部の団結を図っている。

2009年 「松井館長・柿沼師範・魔裟斗選手の接点」

去る3月、恩師加藤先生への恩返しとして企画された「加藤重夫先生の格闘技人生50周年祝賀パーティー」の幹事を柿沼支部長が務めた。
先に述べたように、旧・千葉県北支部時代に松井館長と柿沼師範は加藤先生の厳しい稽古に耐え抜いた同志だが、魔裟斗選手もまたその後のキックボクシングジム藤ジムで加藤先生の厳しい稽古に耐えて栄光を勝ち取った。柿沼師範からみて弟弟子に当たるのだ。

こう列記するとどれだけ凄い選手を輩出しているか?加藤先生の偉大さを改めて知ることができる。現在もまだ選手の育成の為に自らミットを持ち一緒に汗を流す姿は指導者の手本ともいえる。

この偉大な先生を祝うパーティーには極真会館の松井館長はじめ、K-1王者の魔裟斗選手、K-1の谷川代表など、加藤先生に関わってきた著名人が多数ご出席され、千葉県北支部指導員一同と下総支部合同での迫力ある演武や、加藤先生の弟子、鬥嘩裟(ツカサ)選手と小林幸太選手のスパーリングが披露された。

このパーティーの様子は新聞各社も多数取材に来場し、格闘技ニュース各社もこぞってホームページなどで紹介していた。
余談になるが、魔裟斗選手の甥にあたる少年部道場生が現在柿沼師範の元で空手の稽古に励んでおり、このパーティー中にわざわざ魔裟斗選手から柿沼師範にご挨拶に来られていた。有名になっても天狗にならない、本当に偉大な男は礼儀もただしいようだ。

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